キミが欲しい、とキスが言う

「言ったでしょう。私はひとりで浅黄を産んだ。今更あなたに、父親の責任を取ってもらおうなんて思ってないの」

「でも。僕の話も聞いてほしい。君と別れてから、僕がどんなことを考えてきたか。決して君を忘れたことはなかったんだ」

「あなたは浅黄は捨ててない。存在さえ知らなかったんだもの。だから浅黄の存在を喜んでくれることは嬉しいわ。でもね九年前。あなたは確かに私を捨てたのよ。今更、そんな言葉信じられない」


出来れば浅黄がいないところで話したかったけれど、ここまで来たら全部この場で解決した方がいいようにも思えた。

浅黄は傷ついたような顔でダニエルを見つめ、おしりを引きずるようにして彼から少し離れる。
ダニエルは、安心させるように浅黄の腕を撫で、私に弁明をし始めた。


「捨てた……と言われれば確かにそうだ。僕はあの時、君と一緒にいる未来が考えられなかった。でも本国に帰っても、君以上の人には出会えなかったんだ。一年、二年と時は経つのに、僕の中の君は少しも色あせない。
だから、日本に戻ろうと思ったんだ。しかし、その頃はまだ大学でも助手だったから、もっと論文を発表して成果が出せなければ日本で雇ってなどもらえない。ようやくめどが立ったのが三年前で、だから森田教授に君を探してもらっていたんだ。帰ったらすぐにでもプロポーズしようと思って。……でも君は見つからなかった」


三年前なら浅黄は五歳。ここに移り住んだころで、ホステスの仕事を再開して、お客だった男性と付き合っていたころだろう。

それでも、その時に彼が現れていたら、私はプロポーズを受けたかもしれない。
あの時の彼より、ダニエルに対する未練が勝っていたかもしれないから。
でも今は……。


「日本に来てからもずっと探していたんだ。今日会えたのは……僕は奇跡だと思ってる」

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