正義の味方に愛された魔女2
「お待たせしました。では佐伯信也さん、行きましょう」


信也くんはコワゴワ立ち上がった。

雅也と奥さんは、彼にかける声が見付からないのか、ただ心配そうに見送るだけだった。

麗子さんが、さっきみたいに私の手をとって懇願してきた。
うん。まさに「懇願」。


「内田さん、信ちゃ…信也をよろしくお願いします!」

《大丈夫かしら……初対面は苦手なのよ信ちゃん……》


「大丈夫ですよ、お預かりしますね、麗子さん」




取調室で向かい合って座ると、突然彼が話し出した。


「殺ってない!あの婆ぁ、勝手に血だらけになってたんだって!」


「信也くん?私は警察の人間じゃないの。
ここで今、貴方がおばあさんを殺しちゃったかどうかなんて、聞かないよ。

貴方に聞きたい事があるとしたら、ご家族一人ひとりをどう思っているかって事…かな?」


さっきのように手を出しても握ってくれなさそうだったので、
彼に対して90度の位置に椅子を移動して座り、片手を取った。

何て冷たい手だろう…。緊張してるんだろうなぁ。
20代の男の子の手にしては華奢すぎる気がする。

繊細な手から、すごい量の心の叫びが聴こえた。

《俺は落ちこぼれなんだ。
社会は自分を必要としていない。
会社も友達も彼女も…みんな俺を見下して同情して…離れていったじゃないか。

父さんはエリートだから俺の気持ちなんかわかるはずない。
俺が会社クビになってから話もしてくれなくなった。見限られたんだよな。

母さんなんか、召し使い並みに言うこと聞いてくれるだけだ。本当には愛されてない…》


おいおい……この子があの雅也の子?
責任感が強くて品行方正な、あの人の子?

叱り飛ばしたい……けどそれは今の私の仕事じゃないのよ。
隼人がこんなこと抜かしたらゲンコツだけどね。


「……冷たい手だね、信也くん」

「冷え性だから……」

「そっか…寒い?」

「大丈夫」

「ん……。
ねぇ、さっきの話だけどさ、信也くんはお母さんの事どう思ってる?」


「……あの人、優しいだけ。
俺の事、本当に解ってくれてない。
自己満足で可愛がってるだけ。ペットじゃねぇっつうの」


「ペットぉ?そんな風に思ってないよきっと。
本当の自分を解って欲しいんだよね?
そのために信也くんは今までどうしてきた?」


「………別に」


出た!『別にぃ~』ってやつだ腹立つ!
龍二、この子ひっぱたいていい?
ダメだよね。うん。真面目にやる。


「じゃさ、信也くんがお母さんに何かしてあげたことは?」


「たくさんある。俺、母親孝行してるほうだよ。
前の会社クビになってコンビニ店員やってるから、
昼間時間ある日とか買い物に付き合って荷物持ってやったり、
家事も…気が向いたら。掃除洗濯。メシは作れないけど。
あ、そういえば温泉に連れていったこともある。
前の会社にいた頃、一泊だけね」


「へぇー!いいなぁ。私は息子に旅行なんか連れて行ってもらったことないわぁ」

「えっ、おば………あんたの名前忘れた」

「内田百合」

「内田さん、働いてる息子いるの?」

「…うん。28。18まで一緒に暮らしてたよ。今、一人暮らし」

「へっ?お兄さんだ。一人暮らしか。気楽でいいよな。
うるさい婆ぁも母さんもムスッとした親父も居ない…」


そうです、貴方のお兄さんです腹違いの……。



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