平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「この手紙のおかげで、俺は変われたんだよ」

晃さんは目を細め、紅葉が散らされた薄い夕焼け色の便箋に書かれた文字を、壊れ物を触るように指先でそっとなぞる。

『毎日美味しいお弁当をありがとうございます。甘い厚焼き玉子がとくに好きで、入る日を楽しみにしています』

まるで幼稚園生が考えたような文章で、いまさらながらに恥ずかしくなる。こんなのが?

「この前、礼子ちゃんが言っていたよね? 事務の仕事はがんばっていてもなかなか認識されないって」

それがどう関係するのか意味が分らず、ただコクンと頷いた。

「辰樹屋での俺の仕事も一緒だったんだ。弁当を作って届けるだけの一方通行」

お母さんが子どもに作るお弁当などと違って、食べた感想をもらえたりしないのが普通だろう。
返却されてくる弁当箱が洗われてしまった後だったら、なおさら、どのメニューの評判が悪かったかさえわからず仕舞いだ。

「俺って、けっこう短気でさ。ちょうどそのころ、そんな手応えのない仕事にやる気をなくしていたんだよね」
「晃さんのどこが短気なんですか?」

想像ができない。のんびり、まったりというイメージしかないんですけど?

「辰樹屋の前に4軒くらい店を変わってるよ。先輩や同僚と反りが合わなかったりして」

さらりと意外なことを暴露する口調もおっとりだし。
やっぱり信じられない、という心の内が顔に出ていたのか、晃さんはにやりと口角を上げた。

「礼ちゃんが知らない俺が、まだまだたくさんあるかもよ。知りたい?」

3杯目が空になったお酒のせいなのか、潤んだ瞳で艶っぽく囁かれれば、心臓が高速で動き始め身体の隅々にまでアルコールを巡らせる。

それこそいまのあなたです! こんなお色気晃さんなんて知りませんし、知りたくもない……か、な?

血中アルコール濃度を下げるため玉子焼きを一切れいただき、もごもごと一瞬ピンク色に染まりかけた空気を拡散させた。
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