29歳、処女。
「おい、雛子。ついて来い」



突然、喜多嶋さんに呼ばれた。



「あっ、はい」



言われるがままについて行くと、洗面所らしい場所に押し込まれる。



「ここの鏡のほうが見やすいだろ」


「え、ありがとうございます……」



いつも怖いのに、いきなり優しくされると、妙な気分になってしまう。


しかも今日は、優しいこと続きだ。


さっきもらったホットミルクの味を思い出して、ほっこりとした気持ちになる。



そんなことを考えながら手櫛を入れていると、喜多嶋さんが「遅いな」と顔をしかめた。



「仕事もそうだが、髪のセットまで要領悪いのか」


「………すみません」


「ったく、どこまでも世話が焼けるな………」



喜多嶋さんは呆れたように言って、横に置いてあったスプレーを手に取った。



「これ使っても大丈夫か?」



ヘアウォーターと書いてあるスプレーを振りながら、鏡越しに喜多嶋さんが訊ねてくる。



「え? 大丈夫って?」


「だから、俺のヤツ使うの気持ち悪いとかないかって訊いてんだよ」



すこしばつの悪そうな顔で言われて、私はふるふると首を横に振った。



「えっ、ないですよ! 気持ち悪いなんてあるわけないじゃないですか」



もともと喜多嶋さんは清潔感があって、部屋もすごくきれいにしていることが分かったし、気持ち悪いだなんて思うはずがない。



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