抜き差しならない社長の事情 【完】
ウィンドウを開けて
「乗って行きませんか?」
ニッコリとそう声を掛けるのは切野社長だ。
助手席にいるのは紫月で、はにかんだ微笑みを浮かべながら、小さく手を振った。
「大丈夫ですよ、彼女の家は近いんでね。
月でも見ながら歩いて行きます」
星ひとつ見えない夜空を見上げた切野社長は、クスッと笑って
お疲れさまでしたと、ウィンドウを閉じた。
走り出す車の中で振り返る紫月に手を振り返し、
相原はいつか切野社長に言った自分の言葉を思い出した。
『やり直せないなら、また始めればいいじゃないですか。
何度だってまた挑戦すればいいんですよ。
俺たちは生きてるんだから』
「我ながらクサいセリフだな」
小さくそうひとりごち、
トレードマークの無精ひげを撫でながら、相原はクスッと楽しそうに笑った――。
*- fin -*