意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「話はついた」
「誰と話しがついたのよ。っていうか、今誰に電話したのよ?」
謎解きのようだが、残念ながら予測もできない。
 あれこれとわからなくて苛立つ私に、木島は不敵に笑う。
「今のは専務だ」
「専務って……あのベビーフェイスの?」
 そうだ、と大きく頷くと、木島は再びベッドに寝転び、私を腕の中に導いた。
「専務付きの秘書にならないかって前々から打診されていたんだ」
「そうなの?」
 それは初耳である。驚いて目を見開くと、木島は肩を竦めた。
「ただ、ずっと断っていたんだ。俺は中途で沢に入っただろう。勤続年数が短いイコール社内の仕事の動きなどがわからない。そんな俺がいきなり専務の秘書になるのはマズイだろうと考えていたんだ」
 木島は私のこめかみに唇を寄せると、クスクスと笑い出した。
「それにあの一癖も二癖もある専務付。さすがに大変かなぁと思っていたんだけど……でもやりがいもあると思ったんだ」
「やりがい?」
 そうだ、と木島は深く頷いた。
「専務とは大学の先輩後輩関係で、俺をヘッドハンティングしたのは専務なんだ」
「そうなの?」
「ああ、元々先輩は俺に秘書をしてもらいたくて、俺を引き抜いてきたんだ。そろそろ頃合いじゃないかなぁと思ってはいたんだよ」
「でも……私が仕事を辞めるって決断ができないから渋々と決めたんじゃないの?」
 そんなのはイヤだ。私のために、日本に残りたいがために専務付秘書をするというのなら猛反対をしてやる。
 ズイッと彼に顔を近づけると、チュッと突然キスをされた。
 一瞬ビックリして目を見開いた私だったが、ジワジワと顔が熱くなってくる。
「ちょっと、私は真剣に聞いているのよ!」
「俺も真剣に話している。麻友のことがきっかけだとしても、無理矢理専務の秘書をすることを決めたんじゃない」
「健人さん」
「田中常務たちの件で、思ったことがある。やっぱり専務は面白いってね。彼の傍で仕事をしたいと思ったんだよ」
「確かに、あのときの専務は鮮やかだったわね」
 田中親子への処罰や、それにかこつけて色んな問題を浮き彫りにし、排除していった。
 そのスピーディーかつ、斬新な動きに私も驚きを隠せなかったのは事実だ。
「楽しそうだろ、専務付秘書」
「……確かに楽しそう。やってみたいかも」
 営業も楽しいが、そういう上司の下で仕事をしたら……なかなかにスリリングで面白そうだ。
 以前、専務は私に秘書をしてくれないかと言ったことがある。もしかしたらやらせてもらえるかもしれない。
 関心を示す私に、木島は口を尖らせた。
「ダメだよ、麻友。専務は男だからね。四六時中一緒にいることになるんだ。君にはやらせたくない」
「えっと、え?」
 なぜか雲行きが怪しくなってきた。木島は私にジリジリと近づいてきて、そのまま押し倒してきた。
 見上げると、どこか嫉妬の色を見せている木島の顔。
「麻友、もう一回、しよ?」
「え、ちょ……え?」
 二人の問題であった距離の問題。それが解消されたことによりお互いに解放的になったというか、ホッと安心したというか……
 何より日本で一緒に暮らすことが出来ることが嬉しくて、気が付けばそのまま木島のリードにより再び甘い世界へ飛び込んでしまった。
 思い出した淫らな情景を蹴散らし、私は営業事業部の面々に笑った。
「詳しいことは追々ね。私のことは大丈夫よ」
 さぁ仕事よ、と彼らを追い立てると釈然としないまでも納得してくれたらしい。
「菊池さんの顔、晴れ晴れとしているから大丈夫そうですね」
「ありがとう。今は詳しいことは言えないけど大丈夫だから」
 茅野さんが安堵した表情を向けてきたので、私も笑い返す。
 自分のデスクに座り、PCの電源を付ける。
 ふと外の景色を見れば透き通るような青空が見える。
 すでに木島は帰路についているころだろう。
 以前なら胸が締め付けられるほど苦しくて切なくて寂しい気持ちに苛まれるが、今は違う。
 内示が出るのは三か月先。それまで木島はNYの地で仕事を後輩にたたき込む予定である。
 木島が日本に戻って専務の秘書として働き出すまでは、お互い、それぞれの場所で頑張ろうと誓い合った。
 そのときことを思い出すと、顔から火が出てしまいそうだ。だって、私たちは生まれたままの姿で抱き合っていたのだから。
 木島の甘ったるい笑みを思い出し、慌てて頭を振っていると内線が入る。
 コホンと一つ咳払いをして気持ちを切り替え、受話器を取る。
 今日も仕事が始まる。だけど以前までの私ではない。
 仕事だけに生きがいを感じていたあの頃。いろんなものを一人で背負い込んで潰されそうな夜だっていくつもあった。だけど、私は気負うことなくここにいる。
 だって私は恋を覚えたから。木島健人という男に出会ったから、仕事がまたより楽しく感じる。
(早く会いたいわ……)
 つい数時間前まで一緒にいたのに、ぬくもりが欲しいだなんて言ったら、あの男は何というだろうか。
 爽やかな笑みを浮かべて私を酔わすような甘ったるい言葉を言うに違いない。
 よしっ、と心の中で気合いを入れて電話に出る。
「はい、営業事業部 菊池です」


 FIN
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