ナイショの恋人は副社長!?


タクシーで連れて来られたのは、創業八十年余りの懐石料理店。

都内とは思えない、静かな佇まいの中にある屋敷の敷居を跨ぎ、塵ひとつ落ちていない廊下を歩いていく。
完全個室の座敷に通されると、そこにはヴォルフとドリス、そして、純一と芹沢が向かい合って座っていた。

(こんな間近で社長を見るなんて初めて……! 余計に緊張しちゃう)
 
ガチガチに固まった優子を早速フォローするように、最後に部屋に入ってきた敦志が開口する。

「I’m sorry to have kept you waiting(お待たせして申し訳ありません)」
 
生まれて初めての接待の席に、目のやり場さえも困る優子だったが、敦志が率先して会話をし始めたおかげで幾分か緊張が和らいだ。
敦志は、立ったまま優子を紹介しようとした矢先、ヴォルフに先を越される。

「Hallo! Danke für deine Hilfe. Ich heiße Wolf Schneider. Wie heißen Sie?(やぁ! 今日はありがとう。僕はヴォルフ・シュナイダーです。あなたは?)」
 
ヴォルフはドイツ語で挨拶をすると、白い歯を覗かせ、優子を見上げた。

受付業務とは違う、厳かな雰囲気にのまれている優子は、ヴォルフの透き通るようなブルーの瞳に射られ、身動きが出来ない。
今朝の方が、まだ自然に対応できていたくらいだ。

(言ってることはわかる。返事をしなくちゃ)
 
ヴォルフが気遣ってゆっくりと話してくれてるのだと理解している優子は、どうにか笑顔で返答する。

「Ich heiße Yuko.(優子です)えぇと……Vielen Dank für die Einladung.(お招き下さり、ありがとうございます)」
「Sie sprechen gut Deutsch(ドイツ語がお上手ですね)」
 
ぎこちなく頭を下げる優子に、ヴォルフは目を細めてにっこりと笑顔で返した。
その好意的な笑みを受け、優子は先程の車内での敦志の言葉を思い返す。


『今朝、鬼崎さんが案内してくださったのは、日本でも有名なヒメル社の方です。ヒメルの社員であり、そして、そこの社長の孫にあたるおふたりなのですが、ドイツ語のわかる鬼崎さんもぜひ、と強く申し出られまして』



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