ナイショの恋人は副社長!?
――『優子さん』
昨日、敦志に説明した過去があるから、自分の名前は好きだとは思ったことがない。
〝優子〟だけならば、嫌な思いなどはなかっただろうと言われるかもしれないが、優子にとってはそれすらも苦い思い出になっているのだ。
それにもかかわらず、たった数回呼ばれただけで、浄化するようにギスギスした記憶が薄れていく。
まるで魔法のように、敦志の穏やかな声は優子の心を解きほぐしていた。
同時に、名前を呼ばれたことを頭で思い返す度、胸が甘く、キュウッと締め付けられる。
そして、触れられた敦志の手の感触を思い出して、さらに鼓動までも速まった。
(勘違いするのは私の方だよ)
別れ際に敦志に言われた言葉を思い出して、心の中で反論する。
自分の気持ちはもう、とっくに敦志に向いているというのに、素直に飛び込めない。
それは、敦志の本心はわからないからということもあるが、優子の中でもっと気が引ける理由が存在していた。
〝好きな相手に迷惑を掛けたくない〟
そう思うのと比例して、優子は傷つきたくないと保身的な感情も膨らんでいた。
特に魅力もないのに、さらに面倒な背景があれば、余程強い思いを寄せてくれる相手でなければすぐに匙を投げられてしまう。
(まして、副社長なんてお忙しいのに、煩わせてしまうだけ)
暗い気持ちが、無意識に優子を俯かせる。
(……なんて。それは勝手な私の妄想なのに)
どのみち、自分の抱えている面倒な事柄に敦志は巻き込めないと、優子は改めてその意思を確認した。