ナイショの恋人は副社長!?
同日、午後五時前。
ヒメル社との商談も一区切りし、純一とヴォルフが固い握手を交わしてお開きとなった。
ヴォルフとドリスを、同席していた敦志が見送るために応接室のドアを開ける。
廊下に出てエレベーターホールへ向かう間、ドリスが敦志へ声を掛けた。
「アツシ。昨日はごめんなさい」
オレンジ色の口紅を引いた唇を小さく開いて言ったドリスに、敦志はニコリと笑って返す。
「いいえ。東京に住んでいる人でも、迷う人は迷いますから」
昨夜、敦志へ電話を掛けた相手は、やはりドリスだった。
興味本位で地下鉄に乗ったドリスが、道に迷う。
困ったドリスは、ヴォルフに連絡するも捕まらず。
駅員に助けを求めてみたものの、ドイツ語はおろか英語さえわからなく、結局、敦志を頼った。
「ドイツ語がわかるアツシがいてくれて、本当によかったわ」
そっと敦志の腕に手を触れたドリスが、艶やかな唇を寄せるようにして微笑む。
その手をそのままに、敦志はただ口元だけに笑顔を浮かべた。
エレベーターホールに辿り着くと、前を歩いていたヴォルフの姿が既になかった。
階数表示を見上げた敦志は、下降するエレベーターを確認して、先に行ったのだとわかった。
「昨日した約束だけど、今日はこれからディナーを一緒に、って。予定通り大丈夫かしら?」
大きな目で見上げるドリスは、敦志しか見ていない。
敦志は逆にドリスを見ず、到着したもう一基のエレベーターの扉を押さえ、ドリスをエスコートした。
エレベーター内に乗り込むと、一階へと降下し始める中で、淡々と答える。
「ええ。後程、連絡致します」
「よかった。昨日の迷子の件もあって、ひとりで出歩くのはちょっと怖くて。ヴォルフは勝手に行動しちゃうし」
エレベーターのスイッチを見るように立つ敦志の背中に、ドリスは両手を合わせて喜んだ。