ナイショの恋人は副社長!?
ぽつりと小声で言ったのは、変わらぬ様子の優子だ。
仄暗いアパートの軒下で、普段は居るはずのない敦志と、その虚ろな瞳を夜空に向ける様(さま)に足を止めていた。
(なんで、こんなところに……?)
目を見開いたまま、その後に続く言葉が見つけられない。
優子は、自分の元に敦志が来てくれたという喜びではなく、先程の電話の件での気まずさしかなかった。
弁解したいことは、たくさんある。
あの電話は、ヴォルフが勝手にしたものだということ。
ヴォルフが話した内容に、自分は同意したわけではないということ。
しかし、今の優子が咄嗟に、『まず伝えたい』と思ったことは、先程ヴォルフと一緒にいたのは偶然であって、決して約束をして会っていたわけではないということだった。
「あの、私――」
目を泳がせ動揺しながらも、なんとかそれを伝えようと口を開く。
しかし、その先の言葉が優子の口から出ることはなかった。
それは、伝えたいことがうまく纏まらなかったからではない。
顔を上げた時には、敦志に抱きしめられていたからだ。
敦志は、茫然としている優子の背に回した手に、さらに力を込める。
優子は瞬きも忘れる程、その敦志の腕の力強さに頭の中が真っ白になっていた。
「あの後、携帯が繋がらなかった」
「えっ」
敦志の胸の中で指摘されると、優子は短く声を上げ、カバンに放り込んだ携帯を思い出す。
先刻、ヴォルフは敦志との通話を終えても、すぐには優子に携帯を返さなかった。
携帯を手にしたまま、『食事でもどう?』などと誘うヴォルフに、当然優子は耳も貸さずに、携帯を奪い返すようにしてきた。
その際、突然の出来事に混乱していた優子は、携帯をそのままカバンに入れて、ヴォルフに背を向けて走り去ってきたのだが……。
(あの時、すぐ返してくれなかったのは、電源を切っていたのかも)
確固たる証拠がないため、そう説明することなどできない。
優子は、そんな言い訳がましいことを言える勇気もなかった。
口を噤む優子に、敦志は先程とは打って変わって、穏やかな声で尋ねる。