花盗人も罪になる
逸樹は念のため部屋の中に入り、部屋の中やベランダに誰もいないことを確認した。

特に何も問題はなさそうだ。

「うん、大丈夫そうですね。それじゃあ僕はこれで……」

逸樹が玄関へ向かおうとすると、円は逸樹の腕をつかんで引き留めた。

「ちょっと待ってください」

「特に異常はなさそうだし、大丈夫だと思いますよ?」

「せめてお茶くらい……」

「いえ、もう遅いので」

部屋の中に異常はないと言っているのに、なぜこんなに引き留めるのだろうと逸樹が思っていると、円が突然逸樹に抱きついた。

「もう少しだけ……一緒にいてください……」

「北見さん?!」

逸樹は突然のことに驚き、慌てて円を自分から引き離そうとした。

「帰らないで……」

「何言ってるんですか、僕には妻がいるんですよ?」

「奥さんがいてもいいの、好きなんです!! だから私と……」

円の手が、逸樹の背中を艶かしくするりと撫でた。

逸樹の胸に言い様のない嫌悪感が込み上げる。

これまでの円の話は自分の気を引くための嘘だったのだと逸樹は気付いた。

嘘をついて心配させておきながら、人の夫を誘惑して奪おうなんて何を調子のいいことを言っているんだと無性に腹が立つ。

「離してください」

逸樹は自分の体から、無理やり円を引き剥がした。

「僕は妻を愛してる。何を言われようと、女性としての君に興味はない。二度とこんなくだらないことはしないでくれ」

吐き捨てるようにそう言って、逸樹は円の部屋を後にした。



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