花盗人も罪になる
駅へと急ぎながら逸樹は紫恵に電話をかけた。

帰りがもう少し遅くなることを謝ると、紫恵は心配そうな声で『いつもよりずいぶん遅いけど何かあったの?』と尋ねた。

逸樹は『帰ったらちゃんと話すから、もう少し待ってて』と言って電話を切った。


自宅への帰り道で、紫恵が言っていたのはこれだったのかと、逸樹は妙に納得した。

部下だから心配していたのに、気を引こうとするための嘘だったなんて裏切られた気分だ。

円に抱きつかれても、好きだと言われても、逸樹の心は1ミリたりとも動かなかった。

迷惑だと思いこそすれ、その誘惑に乗ってやろうなんてまったく思わない。

今はとにかく1秒でも早く紫恵に会いたい。

逸樹は家に帰ったら愛する紫恵を思いきり抱きしめようと思った。



10時半になる少し前、逸樹はようやく我が家に帰りついた。

ドアを開けると、紫恵が急いで玄関へやって来て逸樹を出迎えた。

「おかえりなさい」

「しーちゃん!」

顔を見るなり、逸樹は紫恵を思いきり抱きしめた。

抱きしめると腕の中にすっぽりとおさまる紫恵の体は、小さくて柔らかくて温かい。

紫恵の髪からは、いつものシャンプーの匂いがした。

誰よりもしっくりくる紫恵の最高の抱き心地に、逸樹はいつまでもこうしていたいと思う。


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