花盗人も罪になる
真っ暗な部屋の中で、紫恵は壁の方を向いたままため息をついた。

怒っていたのはこっちなのに、逆に逸樹が怒るなんておかしい。

逸樹があんなに怒るなんて思わなかった。

ちゃんと話を聞けば良かったかもとか、そんなに怒らなくてもとか、疑ってしまったことを謝るべきかななどと、とりとめもない思いがぐるぐると頭を巡る。

こんな些細なことでつまらない喧嘩はしたくない。

だけど逸樹が焦っていたことや心当たりがあることで紫恵が不快になったのは事実だ。

こちらから謝るのは腑に落ちない。

「結婚して何年経ってても……好きだから不安になるの……」

紫恵は逸樹に届くことのない涙混じりの小さな声で呟いた。



逸樹は苛立たしげにリビングのラグの上に長い手足を投げ出しゴロリと横になった。

帰ったら一晩中紫恵を抱きしめていようと思っていたのに、もうそんな気持ちも失せてしまった。

どんなに愛してると言っても紫恵は自分を信用してくれていないのだと思うと、ひどく悲しくて虚しかった。

抱きつかれたのは不可抗力だ。

他の女とやましいことなんてしていないし、疑われるようなことは何ひとつない。

それを証明するために四六時中一緒にいるわけにもいかないし、どんなに言葉にしたところで紫恵が信じてくれなければどうにもならない。

何もしていないのに疑われるくらいなら先輩たちと一緒に本当にあの店に行けば良かったかもなんて、ヤケ気味になってそんなことを思ったりする。

自分にはやましいことなど何ひとつないのだから、紫恵が謝ってくるまで本当のことは話さないでおこう。

そんなことを考えているうちに、逸樹はリビングのラグの上でそのまま眠りに落ちた。



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