女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
にやりと笑って歩き出す。だって元々同じデパ地下の人間だったのだ。結婚したからと言っていきなり「主人が」とか「ダンナが」とか呼べないってもんだ。
彼は下の名前で呼べというが、彰人って呼びにくい。かといって、彰人さんでは照れる。
というわけで、私は未だに彼を桑谷さんと呼ぶ。本人は嫌がるが、それが若干楽しいのもある。
くふふと笑いながら売り場へ戻った。
いつの間にか、頭痛は消えていた。
そろそろ子供の日の商品が売れ出す4月も中旬、私が休憩でバックヤードを歩いていると、ねえ、あなた、と呼びかけられた。
振り向くと、スーツ姿の女性が立っている。つけている名札には2本のラインが入っているから、百貨店側の社員さんだろう。
私と同じくらいの背で、茶色の髪にパーマをあててふわふわにしていた。切れ長の瞳にアイラインを入れて更にのばし、色っぽい瞳にしている。頬紅の入れ方も上手で、グロスをつけた唇は輝き、私は心の中で、わお、別嬪さん!と賞賛の声を上げた。
「はい?」
体を彼女の方へ向けると、彼女はニコニコしながら更に近づいて、言った。
「あなたが桑谷君の奥さん?ずっと噂ばかりで本人に会えなかったのよ」
近寄るといい匂いがした。見たこともないし、この香りではデパ地下ではないだろう。食品では香りはご法度だ。
「・・・はい。私がそうです」
接客用の笑顔で応える。
何なんだ。私は見世物じゃないっつーの。
彼女が手を出してきたからつい握る。柔らかい女性の手だった。