最悪な政略結婚を押しつけられましたが、漆黒の騎士と全力で駆け落ち中!
「ね……ねえ、おじさん。オルテンシア夫人のこと知ってるの?」

「ふじんじゃねえって。こいつは、ここの村の娘だべ。この神殿の世話役だった夫婦の、ひとり娘のタマラだべさ」

「はあ!? ここの村娘!? 夫人が!?」

「だから、ふじんじゃねえって」

 思いもよらない話に、みんな唖然としてしまって声も出せない。
 夫人ひとりが躍起になって、夫人=タマラ説を否定しようと声を張りあげている。

「だから、人違いだって言ってるじゃない!」

「あれから何年も経ってるし、ずいぶん厚化粧もしてっけど、間違うはずねえべさ。心配したんだぞ? おめえの親父とお袋が死んで、葬儀の後に急に村から姿消しちまったから」

「私はタマラじゃないったら!」

「まーだそったらごと言ってるだか? ほれ、覚えてっか? その羊、おめえが妹みたいに可愛がってたプリシラだべ」

「……え?」

 さっきから妙に夫人に懐いて纏わりついている羊が、甘えたような声で『メー』と鳴いている。

「おめえに置いてきぼりにされて、ひとりぼっちになっちまったから、ウチで面倒みてたんだよ。プリシラはおめえが帰ってくるの、ずーっと信じて待ってたんだぞ?」 
「……」
「よがったなあ、プリシラ。やっとお姉ちゃんさ会えたなあ」

 毒気が抜けたようにおとなしくなった夫人がおずおずと差し伸べる手に、プリシラが嬉しそうに擦り寄っていく。
 声もなく見つめ合うふたりの姿を見ながら、私は頭の中でいまの情報を整理していた。
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