ツインクロス
(え…?)

振り返った人物は、二十代前半…といったところだろうか。落ち着いた茶色の髪をふんわりと横に流した、柔らかい印象の人物で、冬樹からすれば自分とは違う『大人の男の人』以外の何者でもなかった。
カジュアルなシャツにループタイ。Vネックのニットにスラックス。それらをお洒落に着こなす雰囲気は、社会人というよりはどこか大学生っぽい。
冬樹は、目の前の人物を自分の記憶の中から探そうと試みるが、なかなかそれらしい人物は出てこなかった。

(…だれ…?何処かで会った…?)

内心で混乱する冬樹を知ってか知らずか、目の前の人物は優しく微笑むと言葉を続けた。
「大きくなったなぁ。でも、お前だとすぐに分かったよ。あまり変わってないな…」
そう言って、悪戯っぽく笑った。

(…え?大きくなった…???)

ますます混乱は大きくなる。
「でも、知らなかったよ。お前がこの町に戻ってたなんて…。みんな心配してたんだぞ。お前…道場にも顔出さずに、だまって行ってしまったから…」

(あっ!もしかして…?)

『道場』という言葉にハッとする。
「直純先生…?」
今頃分かったのか?…と、突っ込まれるかな?とも思ったが、直純先生は、気を悪くする風でもなくにっこりと笑うと、
「そう」
と言って、頷いてくれた。


直純先生こと…中山直純は、空手道場の息子だ。
冬樹達が通っていた頃、まだ彼は高校生の身でありながら、既に実力ある有段者で、子ども達にもよく稽古をつけてくれていた。怒らせれば怖いのだが、普段はとても優しい先生で、子ども達の目線になって教えてくれるので人気もあり、直純の周りはいつでも子供たちで溢れていた。
兄の冬樹も…入れ替わって通っていた夏樹も、二人とも大好きな先生だった。
だが、昔は短髪で、思いっきり体育会系な雰囲気だったので、目の前にいる人物とはあまりにも違い過ぎて全然分からなかった。

「元気だったか?」
「あ…はい…」
昔と変わらない優しい瞳を向けてくる直純に、冬樹は思わず素になって応えていた。
「でも、さっきはびっくりしたぞ、冬樹…。お前が喧嘩してるなんてなぁ…」
そう言われて、冬樹はハッとした。
(いけない!!ダメだ、気を抜いてたら…)
素に戻ってしまっている自分に気が付き、内心慌てていつもの無表情の仮面を貼り付ける。意図的に無表情を装っている訳ではないのだが、それは『冬樹』である為の夏樹なりの身の守り方だった。

(知ってる人なら、尚更だ…。油断するな)

他人を深入りさせない為の牽制。
そして、自分自身への戒め。
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