御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
真弓さんに夕食をごちそうになり、アパートに戻ったのはもう夜も遅い時間になってからだった。
建てつけの悪い鍵を何度がガチャガチャと回し、ようやく開いたドアを開けると、そこは簡単な台所がついた四畳半の部屋。
築四十年、お風呂なしのこの部屋の家賃は都内では破格の二万円。
真弓さんの知り合いが持ち主らしく、強引にまけて貰ってここに住み始めて約四ヶ月。
蛍光灯のひもを引っ張って明かりを灯すと、丸い小さなちゃぶ台の前に力なく座り込む。
「明日からどうしようかな……」
真弓さんにはああいったものの、本当は『なんとかなる』なんて言ってはいられない状況だった。
今月弟の陸の大学の学費を払ったばかりで、僅かにあった貯えも底をついている。
伊豆の実家に身を寄せているお母さんに相談してみようか……。
いや、ただでさえお父さんの体調のことで心配事が多いお母さんに、これ以上の心労はかけられない。
ここは、自分で乗り切るしかないのだ。
小さなため息をついて、倒れ込むようにちゃぶ台に頬を付ける。
何故こんなことになってしまったんだろう。この四か月、何度そう思っただろう。けれどその都度、私の心は苦い現実に塗りつぶされる。
あの日、私はどうして康弘さんと三本製薬のお嬢さんが通じていることをお父さんに報告しなかったんだろう。
もしすぐに手を打てていたら、何かが変わっていたかも知れないのに。
そう思うと、悔しさで握りしめた掌に爪が食い込んだ。
私は無力で、愚かだった。