あの日ぼくらが信じた物
「それに暴力じゃないわよ? これは有難ぁい愛のムチよ」


 しゃもじをヒラヒラさせながら不敵に笑う母は突然「こんな事してられないわ」と言っていそいそと支度の続きを始めた。


「鈴木さんちにお呼ばれしたのに、あきらはいつまで経っても帰って来ないんだからっ」


 普段は滅多に履かないパンストや、これも稀にしか着けないボディースーツを装備して、ちょっとしたお出掛け態勢の母。


「ほら、あきらも一番新しいシャツとズボンにしなさい」


 取り繕ってもご近所さんなんだからいずれは解ってしまうのに……。

でも、昔は高い塀に囲まれていたその一画『バイオレット・タウン』に足を踏み入れるのは、なにか聖域とか結界の中に入っていく「おおごと」のような雰囲気も有って……。

母がその時しっかり身支度を整えたのも、今になったら理解出来るような気がする。


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