イケメン伯爵の契約結婚事情
「今更戻っても間に合わんよ。取引をしよう、フリード。お前が今までの話を全部黙って、俺に自治権を、俺の息子に次期領主の権利を与えてくれるというなら、解毒剤を渡そう。倒れてから五時間以内なら効く」
「……断ったら?」
「さあ。お前もここで消えるか? 彼女が悲しむからお前には手をかけたくなかったんだがな。背に腹は代えられない」
「くっ……」
「まあ落ち着け。茶でも飲むといい。ゆっくり考えていいんだぞ?」
「解毒剤など、本当にあるのか?」
「見せようか。これだ」
アルベルトがポケットから小瓶を取り出す。
見覚えのある形は、ラベルこそ違うが、ハチミツやジャムを入れるものと同じだ。
と、そこでフリードの脳裏に過去の一瞬がかすめた。
アデーレとの食事。あの時のヨーグルトにはハチミツが入っていた。
そして今、叔父がわざわざカテリーナに持ってこさせ、差し出したのもハチミツだ。
そういえば、勧めておきながら叔父は一口もこの紅茶を飲んでいない。
確かにこれなら、狙った人間の近くに置くだけでいい。
標的は、自分から自分の食事にいれるのだから。
頭の中にノイズが走る。まるで思考するのを体が拒んでいるようだ。
叔父に対する感情が、自分の中で処理しきれない。
尊敬していた頃の気持ちと、同情する気持ち、でも憎らしい、許せないという感情。
ないまぜになったそれらのなかから、浮上してきたのは自分でも驚くことに、悲しいという感情だった。
叔父がそんなことをできてしまう人間だということが、悲しい。