奏 〜Fantasia for piano〜
その気持ちはよく分かる。
私も今、そこにあるピアノに同情しているから。
きっとこのピアノは、かつて体育館に置かれていて、校歌の伴奏などに使われていたのだろう。
体育館には今、割と新しめのグランドピアノが一台あって、それを購入したか寄贈されたときに、このピアノは不要品となり、ここに仕舞われたに違いない。
弾いてあげたくても、音が狂っているんじゃなにも弾けないよね。
そう思い、あれ?と気づく。
調律されていないと知っているということは、奏はこのピアノを鳴らしたんだ。
よく見ると、チラリと見えている黒いカバーは、他の用具のように埃が積もっていなくて、綺麗になっていた。
ペットボトルの紅茶に口をつける奏を見て、頬を綻ばせる。
奏のピアノへの愛情を感じて、嬉しかった。
その気持ちに後押しされて、ためらわずに、知りたいことを聞くことができた。
「どうしてピアノを弾かないの?」
ペットボトルを持つ奏の右手が止まり、訝しげな視線を向けられた。
「俺の右手の怪我のこと、知ってて聞くの?」
「だって、事件からも手術からも、何年も経っているんでしょ? 今は普通にペンを持ってるし、カフェラテだって器用に作れる。
どのくらい機能は回復してるの? 本当にピアノは弾けないの?」