奏 〜Fantasia for piano〜
マスターは言葉を濁し、ムスッとしている奏に視線を移した。
怪我をしてプロの道を諦めたという話を、マスターは知っている。
夏休みに私が奏を怒らせ、店から追い出された後、奏は説明しないわけにいかなかったから。
きっと心配しているのだろうな……。
丸眼鏡の奥のマスターの瞳を見ると、そんなふうに感じる。
もしかすると私と同じように、ピアノを断つのではなく、少しでも弾いてごらんよという気持ちなのかもしれない。
私と違って、口に出して奏を怒らせたりしないのだろうけど……。
それから三日後。
昼休みの音楽室に、私と梨奈と奏がいる。
三日間で楽譜を読み込んできてと奏に言われ、今日が初めてのレッスンとなる。
合わせるところまで行けそうにないので、梨奈はピアノから離れた席で個人練習。
ピアノの椅子に座る私の隣には奏が立ち、「ちゃんと譜読みしてきた?」と聞いてきた。
「うん、バッチリ。暗譜済みだよ」
この三日間、夜中まで楽譜を読み込み、なんとなくなら弾くこともできるレベルまで、自分で練習してきた。
奏にいいところを見せたくて。
しかし、「じゃあ弾くね」と始めた五小節目で、間違えてしまった。
「綾、この曲、四分の四拍子なんだけど。
勝手に三拍子にしないでくれる?」
「ごめんなさい……もう一回最初から」
「ストップ。八分休符、見落としてる。
本当に暗譜してるの?」