奏 〜Fantasia for piano〜
音楽祭前日。
奏の厳しいレッスンのお陰で、半月足らずの短期間でも、人に聴かせることのできる演奏に仕上がったと思う。
私は今、梨奈を連れてアコールに向かっている。
楽譜をプレゼントしてくれたマスターに、『その代わり、フルートのお友達も連れてきて聴かせてよ』と言われていたので、その約束を守るために。
奏は先に学校を出ていて、今はもうアルバイトの最中だと思う。
見えてきたビニールの緑の日差しと、レンガふうの外壁に「あそこだよ」と指差すと、「へぇ〜レトロ。というか昭和だね」と梨奈から感想が返ってきた。
私も初めてここに来たとき、似たような感想を抱いた。
ここはカフェではなく喫茶店。そんな味のある温かい店なのだ。
カランコロンとドアベルを鳴らし、先頭に立って中に入ると、店内がいつもと違っていた。
奥の小部屋のアップライトピアノが店の真ん中に運ばれていて、その横に譜面台がセットされている。
「待ってたよ!」とマスターの明るい声がして、すっかり顔なじみになった常連客のおじさんふたりと、他に四人の見知らぬおじさん達がいた。
ここにいる全員が、マスターの音楽仲間なのだろう。
常連客以外のおじさん達も親しげだし、手に楽器ケースを抱えている人もいるから。