奏 〜Fantasia for piano〜
奏はカウンターの中で、ひとりだけ無関心さを装い、珈琲カップを磨いている。
私はちょっとムッとして「この曲知ってる?」と話しかけた。
すると、目を合わせてはくれないけれど、答えはくれた。
「ケーゲルシュタット・トリオ」
「ケーゲルさんという人の曲?」
「違うよ。モーツァルト作曲の『ピアノ、クラリネット、ヴィオラのための三重奏曲、変ホ長調、K.498』の愛称がケーゲルシュタット・トリオ。
友人とサロンパーティーを楽しむために作られた曲」
ふーん。詳しいということは、この曲もかつて勉強したことがあるということか。
その深い音楽知識、しまっておくばかりでは、もったいないのにな……。
そのとき曲調が変わった。
三連譜の連なる、メヌエットに。
結構長いなと思っていたら、奏がカップを吹く手を止めないままに教えてくれる。
「この曲、二十分くらいあるから。
第二楽章に入ったということは、最後まで弾く気だろうね。マスターが楽しそうだから、別にいいけど」