伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「図鑑?」

アンドリューが、クレアの抱える本の表紙を見て言った。

「ええ、そうです。ハーブのことを調べたくて」

「ここの庭園は素晴らしいからね。いろんな植物があるし、飽きないよね。子供の頃、よくライルと走り回ってたよ」

「ご兄弟みたいに育ったそうですね」

「ああ、ライルから聞いたんだね。向こうに噴水があるんだけど、二人ではしゃいで服をびしょびしょにして、親からよく怒られたよ。……そうそう、メイドのポケットに庭で捕まえた虫をこっそり入れて、大騒ぎになって、バレて二人でこっぴどく叱られたこともあったなぁ」

「えっ……そんなことが……」

幼少の頃から品行方正だと思っていたライルにも、そんな子供らしいわんぱくな時期があったなんて。

驚いたが、それ以上にクレアは何だかホッとして、口元をほころばせた。

「今じゃ、想像つかないだろう?」

アンドリューも懐かしむように、微笑む。

「でも、ライルの父親が亡くなってから、急に大人びて、たまにしか会わなくなったんだ。当然だよね、まだ爵位を継いでいない僕とは違って、ライルはもう当主になったんだから」

事情なので仕方ないが、当時、兄弟のような少年達はきっと互いに寂しい思いをしたのだろう。そんなアンドリューの声の響きだった。

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