伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「浮かない様子だけど、どうしました?」

後ろから若い男の声がして、クレアはハッと振り返る。

明るい茶色の髪の青年がそこに立っていた。上着を脱いで片手に持ち、白いシャツと紺色のネクタイとベストだけの着崩した格好だが、どこか気品がある。

「……イーストン様……」

「はは、堅苦しいな。アンドリューって呼んでよ」

屈託の無い笑顔で、アンドリューが言った。

「お越しになられていたんですね。気付きませんで、失礼致しました」

「いや、気にしないで。急に来たのは僕だから。今日は一人なんだね」

「はい……」

ダンスのレッスン終了後、先刻ライルが帰宅したとジュディから聞いた。ローランドの話だと、そのまま書斎にこもって仕事をしているという。

「ライル様はお忙しいので……。アンドリュー様もライル様に会いにいらっしゃったんですか?」

「うん。でも、忙しいから後にしてくれ、って放り出されたよ」

「そうなんですか……」

「暇だから、庭を眺めてたら、あなたの姿が見えて、追いかけてきたんだ。良かったら、少し話をしませんか?」

「え、ええ……」

特に断る理由もないので、二人並んでバラ園の中を進む。

やがて小さな休憩所の屋根が現れた。その下の白いベンチに二人で腰掛ける。

ちょうど日陰になっていて、屋根と柱だけの構造なので、壁が無い分、風が吹き抜けて心地よい。

< 99 / 248 >

この作品をシェア

pagetop