伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ライルが後を追うと、嫌な予感は的中した。

男の野蛮で浅はかな行動に腹が立ち、普段ならあまり使わない手段だが、あえてこちらの地位の高さを認識させて、男を退けた。

彼女はクレア・アディンセルと名乗った。

『アディンセル伯爵家にクレアという女の子がいるんだけど、彼女、街でお店を開いてるの。とっても頑張り屋さんなのよ』

数ヶ月前、コールドウィン侯爵家のご隠居、レディ・シルビアを見舞った時に聞いた名前を思い出した。

震えるクレアに、初めての社交界での嫌な思いが少しでも薄れてほしいと、ライルは安心させるような言葉を掛けたつもりだったが、逆に彼女から気遣う返事をされてしまった。

『怖かったです』と、女を意識させらながら、なよなよと寄り掛かられても、この時だけは受け止めようと思っていたのに。

強いのか、それとも、自分のせいで誰かを巻き込んでしまったと申し訳なく感じているのか。

予想していなかった反応に、面白い娘だ、と少し興味を持った。

それに、月の光に輝いて見えた美しいパールグレーの瞳にも。



翌日、なぜかクレアのことが、頭から離れなかった。

それに、あの男が逆恨みして、クレアに何かしてくるかもしれない。

ライルがレディ・シルビアか聞いた店の場所へ向かうと、案の定ろくでもないことになっていた。クレアは義母にあの男との結婚を迫られているところだった。

どのタイミングで話を止めようかと思っていた時。

クレアの口から、ライルの名前が出てきた。

驚いた。

おそらく状況からして、とっさにクレアの口を突いて出てきた出任せだったのだろう。

それでも、自分のことを忘れないでいてくれたことに、何が何でも彼女を助けなければ、という感情がライルの中でわき上がった。


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