伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
『結局、俺も、あの父と同じなんだな。所詮、血は争えないというわけか』





突然、ライルの頭の中で声が響いた。自分の声だが、軽蔑するような冷たさを含んだその声は、別の人間のもののように感じた。

もう一人の自分の声に、ライルはハッと我に返った。そして、目を見開いて、愕然とする。

目の前でクレアが静かに涙を流していた。

閉じられた瞼の目尻から、とめどなく雫が溢れ出し、顔の側面を伝ってシーツに流れ落ちていく。

手首をライルに拘束されているので、涙を拭うことも叶わず、青ざめた白い顔を濡らしたままの状態になっていた。

口付けから解放され、その唇から小さな嗚咽が漏れる。

ライルはすぐに、クレアを掴んでいた手を離した。

……俺は、何てことを--!

罪悪感が黒い塊となって、ライルの胸に重くのしかかる。覆い被さっていた体を起こすと、クレアから離れた。

クレアは自由になった両手で、顔を覆う。

静かな部屋に嗚咽が響く。



「……クレア……すまない……悪かった……」

クレアの泣く姿を目の当たりにして、ライルは自分で自分を殺めてしまいたい気分だった。絞り出すような声で謝罪したが、もちろん許してもらえるとは思っていない。

だが、彼女を押し倒した体勢のままでいさせたくない。

拒絶させるのを覚悟の上で、抱き起こそうと、ライルはクレアの背中に手を回した。

体に触れた時、一瞬クレアの肩がビクッと跳ね上がったことにライルはためらったが、彼女をゆっくり起こすと、そっと胸に抱き寄せた。

クレアは抵抗しなかった。ライルに頭を預けたまま、静かに泣いている。

その体が小さく震えていることがライルに伝わった。クレアは抵抗しなかったのではない。いまだに恐怖から解放されず、体が動かなくなっているだけなのだ。

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