伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……母が亡くなって、私は途方に暮れました……。毎朝、家を出て向かうのはお店ではなく、母のお墓でした。そこで夕方まで泣いて……また次の日も同じことを繰り返して……そんな日々を過ごしていました」

クレアはティーカップに視線を落とした。

静かな庭で、微風が植物の葉を揺らし、柔らかな音を奏でている。

「でも、いつかの帰り道、お店がどうなっているのかふと気になって、立ち寄ることにしたんです。お店は、当然ですけど同じ場所に建っていて、母がいた時と変わっていませんでした……。店の奥の部屋には母が愛用していた鏡があって、そこに映った私の姿はひどくて……さっき起きた時の私と同じでした」

クレアは悲しそうに微笑んだ。

「その時に、母が私のこんな姿を見たらどう思うだろう、って感じて……。こんな状態だったら、きっと母は私を心配し過ぎて、ゆっくり休めないと思いました。このままじゃいけない、って思って……その時、私がこのお店を続けていこう、と決めたんです。近所の商店の人達は皆、協力的で店再開に向けて、いろいろと手伝ってくれました。一人親を亡くした私を気に掛けてくれて……だから、やってこれたんです」

クレアは顔を上げた。先ほどまでの悲しい表情とは違い、その瞳には強い輝きが宿っている。

「昨日も、皆さんが手伝ってくれて、励ましてくれて……すごく嬉しかったんです。犯人がなぜこんなことをしたのか分からないけど、もし、私に店を閉めさせることが目的なら、ますます犯人に屈することは出来ません」


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