伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「そういえば、僕の両親が、ライルはいつになったら婚約者に会わせてくれるのか、って嘆いてたぞ」

「……ああ……そうだな……。俺が忙しくて、なかなか時間が取れなかったんだ」

ライルが言葉を濁すと、アンドリューが何かに気付いて、遠くを見た。

「ほら、噂をすれば、だ」

その視線の先を追うと、一組の男女が近付いてくる。

「叔父夫婦だ。すまないが、話を合わせてくれないか?」

アンドリューには聞こえない小声で、ライルがクレアにささやいた。

話を合わせる、つまり、婚約者のフリをすることだと理解したクレアが、コクリと頷いたのと、イーストン子爵夫妻が二人のそばまでやって来たのは、ほぼ同時だった。

「ライル、久しぶりだな」

正装した紳士が柔和な笑顔で、声を掛けてきた。髪の毛には少し白い物が混じっているが、肌艶も良く、若々しい。

「ご無沙汰しております、叔父上、叔母上」

ライルも礼儀正しく応対する。

「もしかして、こちらのお嬢さんがライルの婚約者かな?」

子爵の優しい眼差しが、クレアに向けられた。

「はい。ご紹介が遅れまして、申し訳ありません」

「……クレア・アディンセルと申します。以後、お見知りおき下さいませ」

まさかここでライルの親族の筆頭でもある子爵夫妻に会うとは思ってもおらず、心の準備が出来ていなかったクレアは、緊張を何とか抑えながら、アンドリューと初めて会った時と同じように、淑女らしい仕草で挨拶をした。

「ほう、可愛らしいお嬢さんじゃないか」

「なかなか紹介してくれないから、気になっていたのよ。あなたがライルの将来の花嫁ね」

続けて話に入ってきたのは、子爵夫人だ。鮮やかなワインレッドのドレスを着こなしていて、年齢を感じさせないほどスタイルも良く、涼しい目元が印象的な美人だ。

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