伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「どうされたのですか?」

ライルは、肩を震わせているヴィヴィアンに尋ねた。

「知らない男の人に、しつこく後をつけられてるんです……!」

ヴィヴィアンが怯えたような声を出す。

「……」

ライルはヴィヴィアンがやって来た方向を見た。通路に人の気配は無く、しんと静まり返っている。

「誰も来ていないようですね」

ライルは安心させるように言ったが、よほど怖かったのか、ヴィヴィアンはライルの腕を離そうとしない。

「もう大丈夫ですよ」

「あ……本当……」

ヴィヴィアンはようやく腕から手を離すと、伏し目がちになりながら、恥じらうように小さな声で言った。

「私ったら、つい……馴れ馴れしく触ってしまって、申し訳ありません」

「いえ。……それより、なぜこんな所で一人で?」

「はい、それが……待ち合わせの場所に友人がいなくて……あ、もちろん、劇は一緒に観ましたわ。終わった後、私は知人に挨拶するために、一度友人の元を離れましたの。それで、待ち合わせの場所に向かったのですけど、いなくて……」

ヴィヴィアンは、少し言葉を詰まらせたが、すぐに続けた。

「その時に、知らない男性に声を掛けられて……困っている私に、最初はとても親切な方だと思っていたんですけど……何だか怖くなって、逃げ出した途端に……」

「後をつけられていた、と?」

「はい……」

ヴィヴィアンは小さく頷く。

「それは、さぞ怖い思いをされたのですね。もう夜も更けてきましたから、ひとまず人のいるところに行きましょう」

ライルは、出口に向かう方向へとヴィヴィアンを誘導しようとしたが、彼女は横へ首を振った。

「……いいえ……もう友人が戻ってきているかもしれませんわ。私、行ってみます。……ただ……」

ヴィヴィアンは再び震える体を押さえるようにして、自身の腕を抱え込んだ。

「……一人だと、またさっきと同じ目に遭ってしまうかもしれないと思うと怖くて……。お願いです、一緒に来ていただけませんか……?」


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