伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ヴィヴィアンが、先ほどのクレアとの会話で、今日は友人と来ていると言っていたのを、ライルは思い出した。おそらく、友人と一緒の馬車に乗せてもらわなければ、彼女は家路に着けないのだろう。

ライルとしては一刻も早くクレアの元に戻りたかったが、相手は仮にもクレアの妹だ。ささやかな願いを無下に拒むわけにもいかないし、取り残された、と後々騒がれても面倒だ。

「場所はどこです?」

そこまで送って用件が済むなら、と思い、ライルは尋ねた。

「C―5の部屋ですわ」

この劇場は、王都の中でも比較的建てられたのが新しく、一階に小さな個室がいくつか併設されている。遠方から来た客が休憩に使ったり、公演の前後で親しい者達が集うサロンとしての役割を果たしたりと、遠追加料金を払えば、誰でも借りることが可能な所だ。

ヴィヴィアンの少し後からライルも続いた。今日は借りる人は少ないのか、通路では誰ともすれ違わない。



やがて、番号の表示された部屋の前に着いた。ヴィヴィアンがドアをノックしたが、返事は無い。試しにノブを回してみると、カチャリ、と音がして開いた。

こじんまりとした部屋の中には灯りがともり、さほど大きくはないが、高価そうなソファーセットが置かれている。ライルは部屋内を歩いて確認したが、誰もおらず、人がいた気配も無い。

「いませんね。少し待ちますか?」

「……ええ……」

「では、私はこれで。安全のために内側から施錠しておいて下さい」

そう言ってライルが踵を返してドアに向かおうとした時、ヴィヴィアンに素早く腕を掴まれた。

「まだ何か?」

「……あ、あの……一緒に待って頂けませんか?一人だと怖いんです……。図々しいお願いなのは分かっています……」

青い瞳が、すがるようにライルを見上げる。

「申し訳ありませんが、クレアが待っていますので」

「その姉のことで、伯爵のお耳に入れておきたいことがあるんです……!」


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