伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……っ」

ヴィヴィアンは言葉を失い、宙に視線を泳がせたが、やがて、悔しそうに眉を寄せて--無言で目を伏せた。

もはや反論の余地は無いと悟ったのだろう。

静まり返った室内で、ライルの深いため息が、やけに大きく聞こえた。

「腹違いとはいえ、クレアはあなたの姉です。そんなに彼女のことが気に入らなかったのですか?」

「……ええ、そうよ……!」

感情を抑えられずに、ヴィヴィアンの手が小刻みに震える。

「そもそも……姉だなんて思ってませんわ。それなのに体面上、そう呼ばなければならないなんて……私がどれほど我慢していたか、あなたにはお分かりにならないでしょうけど」

……生まれは低いくせに……私を差し置いて、ブラッドフォード伯爵の婚約者の座におさまるなんて……!

ヴィヴィアンは、ギリッと唇を噛んだ。



約二ヶ月前--愛人の娘であるあの女が、どこかの貴族に見初められたとかで、突然自分達の屋敷から出ていった。

愛人の娘と一つ屋根の下での生活など耐えられなかったし、これで母親の機嫌も悪くならずに済む。
晴れ晴れとした心持ちのヴィヴィアンだったが、クレアの行き先を聞いて、耳を疑った。


……そんな……あの、ライル・ブラッドフォード伯爵ですって……!?


ヴィヴィアンには、衝撃的な事実だった。



まだ社交界にデビューしたての頃、ある貴族の館で開かれた舞踏会で、初めてライルを見た。

遠くから見ていただけだったが、ライルの持つ気品、優雅な所作、そして時折見せる優美な笑顔に、目が離せなくなった。ヴィヴィアンは、一瞬でライルの虜になった。

まだ定まった女性はいないらしい。その時も、ライルは他の招待客と談笑しているだけで、誰とも踊らなかった。

いつか、ライルの目に留まってみせる。歳は七つも離れていたが、ヴィヴィアンにとって、それは大して問題ではなかった。彼女は同世代の令嬢の中でも、自分が誰よりも美しさに優れていることを知っていた。それを最大限に活かし、あとは、中身は子供だと呆れられないように、大人の教養と淑女の気品を身に付けていこう。そう意気込んでいたし、母親もそんな自慢の娘に大きく期待していた。

だが。

ライルが選んだのは、よりにもよって、庶民上がりで令嬢とは名ばかりの何の取り柄も無い女--あのクレアだった。


ヴィヴィアンには耐えがたい屈辱だった。

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