伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
婚約の噂が流れてから、ライルはめっきり社交界に出てこなくなった。

ヴィヴィアンはすっかり落ち込んだ。そんな時、あるパーティーで出会ったのが資産家の息子のマリウス・ウォルターだった。

マリウスはヴィヴィアンに夢中になったが、彼女は相手にしなかった。いくら金持ちでも、爵位の無い男は自分の相手には相応しくなかった。

いつまでも手応えの感じられないヴィヴィアンに、ある日、マリウスはこう言った。

『君はいつも俺に素っ気ないね。まあ、そんなところも、魅力的なんだけど。どうしたら、君を笑顔に出来る?俺なら、君の願いを何でも叶えてあげられるのに』

『……何でも? そんなの、無理に決まってるわ』

『無理じゃないよ。君のためなら、死ぬ以外なら、何でも出来るよ』

『……』

その時、ヴィヴィアンの心に、黒い感情が小さなシミを作った。それは、次第にじわじわと大きく広がっていく。

そうだ、このままでは腹の虫が治まらない。せめて、クレアを困らせることが出来たなら、少しは気分が晴れるかもしれない。

ヴィヴィアンはマリウスに、クレアの店のことを話した。そして、クレアとの関係は明かさず、友人がそこの店主に侮辱された、と適当な理由を付けて、その店主を困らせてやることが出来ればいいのに、とぼやいた。

ほんの軽い気持ちだった。まさか、マリウスが本気で行動に移すとは思っていなかったのだ。

犯行のあった日の午後、ヴィヴィアンは母親と共に、知り合いのお茶会に出席した。そこに、偶然マリウスも呼ばれていて、ヴィヴィアンと二人きりになる機会を得ると、彼は得意気に話し始めた。

『君の気に入らない店を、めちゃくちゃにしてやったよ。ほら、何でも出来る、って言っただろう?』

『……まさか、本当にやったの?』

『君の頼みだったからね』

『た、頼んでない、冗談じゃないわっ』

ヴィヴィアンは走って彼の元から離れた。自分とは無関係だと、思い込もうとした。

だけど--もしかしたら今頃、クレアは泣き崩れているかもしれない。当然、ライルにも迷惑を掛けているだろう。こんな厄介事を抱えた女を妻に迎えることは到底出来ない、とライルはクレアに愛想を尽かし、婚約を考え直しているかもしれない。

……いい気味……。マリウスでも役に立つことがあるのね。

ヴィヴィアンは意地悪く、こっそりほくそ笑んだ。



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