伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
そして今日。

友人に観劇に行こうと誘われ、ヴィヴィアンは気晴らしに王立劇場へと足を運んだのだった。

開演前までの間、席に着かず、ホールで友人やその家族と会話を楽しんでいると、入り口付近から、小さなざわめきが聞こえてきた。

『あ、ブラッドフォード伯爵よ……!』

同い年の友人の声に、その方向を見ると、黒のタキシードを着たライルがホールに姿を見せていた。

……偶然にも、こんな所でお目にかかれるなんて。今日、来て良かったわ!

と、ヴィヴィアンは胸が高鳴るのを感じた--のも束の間、その横にいる美しい女性に、すぐに視線を奪われた。

華奢な腕に細い腰、丸みを帯びた胸元。金色ががった桃色のドレスが白い肌とセピア色の髪に良く似合っている。

ヴィヴィアンは、最初、誰だか分からなかった。

『まあ、とても美しいお嬢さんだこと。どなたかしら』
『きっと、最近婚約なさったというご令嬢ですわ』

近くの客の会話が耳に入り、ヴィヴィアンは驚いて、その青い瞳を思い切り大きく見開いた。

……婚約者って、まさか……あれが、“あの”クレアだというの……!?

信じられず、凝視する。確かにあの顔立ちはクレアだ。だが、ヴィヴィアンの知っているクレアは、髪をいつも左右三つ編みにしていて、肌も生白くて痩せており、身に付けている物も質素で、全体的に野暮ったい地味な女だった。

しかし、今、視線の先にあるのは、想像すらしていなかった、華麗な変身を遂げたクレアの姿だった。

ライルは時々、気遣うような眼差しで優しくクレアを見つめ、クレアも恥じらうように微笑を返す。

『とてもお似合いなお二人だこと』
『仲睦まじくて羨ましくなりますわ』

ヴィヴィアンも周りの客達と同じことを感じた。だが、一瞬でもそう感じてしまった自分を、ひどく情けなく思った。

これまでヴィヴィアンにとって、クレアは蔑みの対象でしかなく、決して羨望に値するような存在ではなかったからだ。

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