伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
石畳の路上を走る車輪の音と振動が、馬車内部に静かに響く。

クレアは、ライルの様子がいつもと違っていることを感じ取っていた。

二人並んで座席に腰掛けると、ライルはクレアの手をぎゅっと握ったまま、黙り込んでいるのだ。

時々、クレアはライルの方に視線を向けたが、その端正な横顔は、何か考え事でもしているような雰囲気に包まれている。

「あの……ライル様」

クレアは思い切って声を掛けてみた。

「どうかなさったのですか……?」

「……ああ……今度、君と何を観ようか考えていたんだ。演劇もいいけど、他にも歌劇やオペラもあるよ」

「そんなに……それは楽しそうですね」

そう答えてみたものの、何だか会話がしっくりこない。再び、馬車内に沈黙が流れる。



やがて、馬車はトレーゼ河に掛かる大橋へと進み、ライルはようやく口を開いた。

「クレア、ごめん」

「え、な、何がですか?」

静寂を破って突然謝ってきたライルに驚いて、クレアは何度も瞬きを繰り返す。

「あ、ライル様がお仕事のお話をしに行かれたことですか? それなら、お気になさらないで下さい。ライル様はお忙しい身なので、少しでも用件が済んだのでしたら、私はその方が嬉しいです。それにその間、叔父様ご夫婦にも、とても良くして頂きましたし」

安心させるように明るく語るクレアを見て、ライルは優しく微笑んだ。だが、すぐに真顔に戻る。

「違うんだ。……店の事件のことを、俺は君の断りも無しに、勝手に調べたんだ」

「え……」

クレアの表情が一瞬、固まった。

「このまま犯人を野放しにすると、君の不安はいつまでも消えない。俺も二度と君にそんな思いをさせたくない。でも、警察の動きを待っていることも出来なくて、この手で犯人を割り出した」

「……見付かった……のですか……?」

クレアの声が微かに震えている。

ライルは頷くと、事件の全容とヴィヴィアンと対峙したことを静かに語った。


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