伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
それから、ライルが旅立つまでの間、クレアは寂しさを隠すように、常に笑顔でいることを心掛けた。ライルに余計な心配を掛けないためでもあるが、そうすることで、すぐにでも崩れてしまいそうな自分の気持ちを何とか保とうとしていた。

結局、気持ちを伝えられないまま、無情にも瞬く間に六日が経過し、いよいよライルが出発する当日を迎えた。

晴れ渡る青空の下、正面玄関前のロータリーに停まっている馬車の中に、大型のスーツケースが三つ、使用人達によって次々と慎重に積み込まれていく。


クレアはライルの部屋を訪ね、少しだが、最後に二人きりの時間を得ることが出来た。

その手に抱えるのは、白い紙の袋だ。その中には、クレアの店で扱っている紅茶やハーブティーの茶葉を、一回分ずつ、何十個も丁寧に紙に包んだものが入っている。

クレアはライルにそっと、手渡した。

「あの、これ、向こうで飲んで下さい。このハーブティーは、シルビア様にも納品してるものなんです。とても気に入って下さってて……」

暗い顔にならないよう、努めて明るく振る舞う。

「もちろん、このお屋敷で使ってるものに比べたら質は落ちるかもしれませんが、それでも、なるべく良いものを選んだんです」

……本当は、こんなこと、言いたいんじゃないのに……。

もうすぐ、ライルは行ってしまうというのに、肝心な言葉を言うのをためらってしまう。

「俺のためにわざわざ用意してくれたんだね。ありがとう」

ライルは受け取った包みを、旅行鞄の中に入れる。

そろそろ出発しなければならない。

「クレア、行ってくるよ」

ライルの手がクレアの頬に触れた。

もう、これで最後だと実感したその瞬間--クレアの瞳から大粒の涙が、溢れ出した。

「……はい……行って……らっしゃい……ま……」

涙で言葉が続かない。

心配を掛けないように泣かないと、今の今まで決めていたというのに。決心とは、何ともろいものなんだろう。

「クレア……」

ライルはそんなクレアを優しく腕の中に包み込むと、クレアはすがるように、ライルの胸に頬を押し付けた。




「……ライル様……す……き……」




「!」

腕の中の小さな声を、ライルの耳がしっかり捉え、緑の瞳が大きく見開かれる。

「……必ず……ご無事……で……帰ってきて……」

「クレア!」

ライルは腕を離すと、雫で濡れるパールグレーの瞳を見つめた。

「今だけ、許してくれ……!」

そして突然クレアの顎を掴み、上を向かせると、涙で震える唇を、自分のそれで塞いだ。

まるで急いたように、いきなり深くなる口付けに、クレアの体は一瞬、驚いて反応したが、抵抗せず、黙ってライルのキスを受け入れた。目を閉じ、ライルの首に、自分の腕をそっと絡ませると、同時にライルもクレアの腰を強く引き寄せる。

服越しに、互いの体温を感じる。

部屋には、二人の甘い吐息だけが響く。

言葉は無くても、互いの気持ちは繋がっていた



やがて、ローランドが出発の時刻を知らせに部屋のドアをノックするまで、残りわずかな時間を惜しむように、二人は互いの唇の熱を貪り合った--。







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