伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
いよいよ、ライルが帰ってくる日が近付いてきた。
クレアは午前のレッスンを終え、昼食を取った後、庭に出ていた。屋敷に飾る花を、クレアはいつもこの広い庭から摘んでいる。午後にはダンスの家庭教師が来るので、それまでに終わらせなければならない。
やがて、クレアは両手一杯に抱えた花を一旦、庭の一角にある水汲み場の桶の中に置き、屋敷に戻った。
……ふふ、ライル様にもうすぐ会えると思ったら、嬉しくて、ついたくさん摘みすぎちゃった。花瓶、大きい物に取り替えてもらおうかしら……。それに、もっと数も欲しいし……。
廊下の花瓶を手に取りながら、ふと思い、ジュディの姿を探す。だが、近くにはおらず、他のメイドに尋ねたが、誰も知らないという。
いろんな大きさの花瓶なら物置小屋にあるかもしれない、とクレアは花瓶を持ったまま、普段は足を踏み入れない裏庭に行ってみた。
すると、物置小屋の前で立つ二つの人影が見えた。こちらに背を向けているので、顔は見えないが、後ろ姿でローランドとジュディだということが分かる。会話の声は低めで、深刻そうな様子だ。
……こんな所で珍しいわ……仕事の話かしら……。
クレアは思わず建物の陰に身を潜めた。クレアに盗み聞きの趣味はないが、ついそうしてしまったのは、二人の会話の中から、「旦那様」「クレア様」という単語がかすかに聞こえてきて、ドキリとしたからだ。
物陰から様子をうかがうと、ジュディは肩が少し、震えているようにも見える。
「……クレア様は動揺なさるだろう。だが、そばにお仕えるお前がそんなことでどうする。何があっても、クレア様をお支えするんだ」
「……はい、申し訳ありません……」
うなだれるジュディに対して、ローランドの口調はいつもと違ってやや厳しい。
……私が動揺? 何の……?
クレアはますます聞き耳を立てる。
「今、アンドリュー様が情報の確認に行って下さっている。我々はそれを待つしかない。それまでは他の者には悟られないように注意しなさい」
「はい……かしこまりました」
「……船が沈んだのが事実だとしても、旦那様が乗っていらっしゃらなかった可能性もある。安否が分からない今、私達に出来ることは旦那様のお帰りを信じて待つことだ」
……え……?
クレアは目の前が真っ白になるのを感じた。
……ライル様の船が……沈んだ……? 安否が……分からない……?
クレアの手から、花瓶がズルリと抜け落ちた。
クレアは午前のレッスンを終え、昼食を取った後、庭に出ていた。屋敷に飾る花を、クレアはいつもこの広い庭から摘んでいる。午後にはダンスの家庭教師が来るので、それまでに終わらせなければならない。
やがて、クレアは両手一杯に抱えた花を一旦、庭の一角にある水汲み場の桶の中に置き、屋敷に戻った。
……ふふ、ライル様にもうすぐ会えると思ったら、嬉しくて、ついたくさん摘みすぎちゃった。花瓶、大きい物に取り替えてもらおうかしら……。それに、もっと数も欲しいし……。
廊下の花瓶を手に取りながら、ふと思い、ジュディの姿を探す。だが、近くにはおらず、他のメイドに尋ねたが、誰も知らないという。
いろんな大きさの花瓶なら物置小屋にあるかもしれない、とクレアは花瓶を持ったまま、普段は足を踏み入れない裏庭に行ってみた。
すると、物置小屋の前で立つ二つの人影が見えた。こちらに背を向けているので、顔は見えないが、後ろ姿でローランドとジュディだということが分かる。会話の声は低めで、深刻そうな様子だ。
……こんな所で珍しいわ……仕事の話かしら……。
クレアは思わず建物の陰に身を潜めた。クレアに盗み聞きの趣味はないが、ついそうしてしまったのは、二人の会話の中から、「旦那様」「クレア様」という単語がかすかに聞こえてきて、ドキリとしたからだ。
物陰から様子をうかがうと、ジュディは肩が少し、震えているようにも見える。
「……クレア様は動揺なさるだろう。だが、そばにお仕えるお前がそんなことでどうする。何があっても、クレア様をお支えするんだ」
「……はい、申し訳ありません……」
うなだれるジュディに対して、ローランドの口調はいつもと違ってやや厳しい。
……私が動揺? 何の……?
クレアはますます聞き耳を立てる。
「今、アンドリュー様が情報の確認に行って下さっている。我々はそれを待つしかない。それまでは他の者には悟られないように注意しなさい」
「はい……かしこまりました」
「……船が沈んだのが事実だとしても、旦那様が乗っていらっしゃらなかった可能性もある。安否が分からない今、私達に出来ることは旦那様のお帰りを信じて待つことだ」
……え……?
クレアは目の前が真っ白になるのを感じた。
……ライル様の船が……沈んだ……? 安否が……分からない……?
クレアの手から、花瓶がズルリと抜け落ちた。