伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「クレア・アディンセル嬢?」
何度目かの呼び掛けで、クレアはハッと声のする方を向いた。
髭をたくわえ日に焼けた、三十代後半くらいの男性が、すぐ横に立っている。
腹が大きく前に出ており、燕尾服の胴回りが少し窮屈そうに張っていた。
「クレア嬢ですかな?」
「は……はい……」
突然、声を掛けられたことに驚き、しどろもどろに答える。
「初めまして。トシャックと申します。南部で貿易商をしています」
「は、初めまして……」
「アディンセル伯爵夫人から、ご紹介がありまして。少しお話が出来ると嬉しいのですが」
「え、ええ……」
クレアは戸惑いながらも、この人が、夫人が探すと言っていた自分の話し相手だ、と悟った。
爵位は無いらしいが、両手にそれぞれ一つずつ、ダイヤモンドとルビーの大きな指輪がはめられており、いかにも金持ちといった雰囲気がにじみ出ている。
彼も一人のようだ。
「……あの……奥方様は……?」
「ああ、私はまだ独り身なんです。ずっと仕事に専念してきましたので、婚期を逃してしまって」
「……そうなんですか……」
ということは、トシャック氏は舞踏会がてら結婚相手になりそうな娘を探しに来たというところか。確かに、その重そうな体でダンスをすることは、容易ではないだろう。
クレアは何だか申し訳なく思った。トシャック氏も、こんな地味な娘ではなく、美しい令嬢と親交を深めたかっただろう。それを、義母に頼まれ、仕方なくクレアの相手をしてくれているのかもしれない。
「田舎者なので、こういう場所はどうも苦手でして。良かったら、庭を散歩しませんか?」
「あ、はい……」
こういう時は男性にリードを任せるものなのだろうか。クレアには良く分からなかった。しかし、ここで断ったりしたら、後で義母に何を言われるか、その方が心配だったので、とりあえずトシャック氏に付いていくことにした。
何度目かの呼び掛けで、クレアはハッと声のする方を向いた。
髭をたくわえ日に焼けた、三十代後半くらいの男性が、すぐ横に立っている。
腹が大きく前に出ており、燕尾服の胴回りが少し窮屈そうに張っていた。
「クレア嬢ですかな?」
「は……はい……」
突然、声を掛けられたことに驚き、しどろもどろに答える。
「初めまして。トシャックと申します。南部で貿易商をしています」
「は、初めまして……」
「アディンセル伯爵夫人から、ご紹介がありまして。少しお話が出来ると嬉しいのですが」
「え、ええ……」
クレアは戸惑いながらも、この人が、夫人が探すと言っていた自分の話し相手だ、と悟った。
爵位は無いらしいが、両手にそれぞれ一つずつ、ダイヤモンドとルビーの大きな指輪がはめられており、いかにも金持ちといった雰囲気がにじみ出ている。
彼も一人のようだ。
「……あの……奥方様は……?」
「ああ、私はまだ独り身なんです。ずっと仕事に専念してきましたので、婚期を逃してしまって」
「……そうなんですか……」
ということは、トシャック氏は舞踏会がてら結婚相手になりそうな娘を探しに来たというところか。確かに、その重そうな体でダンスをすることは、容易ではないだろう。
クレアは何だか申し訳なく思った。トシャック氏も、こんな地味な娘ではなく、美しい令嬢と親交を深めたかっただろう。それを、義母に頼まれ、仕方なくクレアの相手をしてくれているのかもしれない。
「田舎者なので、こういう場所はどうも苦手でして。良かったら、庭を散歩しませんか?」
「あ、はい……」
こういう時は男性にリードを任せるものなのだろうか。クレアには良く分からなかった。しかし、ここで断ったりしたら、後で義母に何を言われるか、その方が心配だったので、とりあえずトシャック氏に付いていくことにした。