伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
初秋の爽やかな風が吹く夕刻の空の下、今日も中央駅は人々の波で大混雑していた。
汽車が着いた後の駅の外では、家族や知人との再会を喜ぶ者、周りには目もくれず急いで辻馬車に乗り込む者、人の多さに呆然と立ち尽くす者など、たくさんの人間模様に溢れている。
クレアは汽車から降りてくる人々の顔を一人ずつ確認しては、目的の人物を探す。
しかし、見付からない。
やがて、汽車は新たな客を乗せて、駅を出発した。
……きっと、この汽車じゃなかったんだわ……。
落胆するのは、一体何回目のことだろう。
クレアが駅に立ち始めてから九日目を迎えた。
毎日、港からの始発の汽車が中央駅に着く時間に合わせて、クレアは最終の便まで、ライルを待ち続けた。
だが、まだライルの姿を確認することは出来ていない。
「次で、今日の最終だね」
隣に立つアンドリューが言った。ええ、とクレアが頷く。二人の後ろには、ジュディが控えていた。
アンドリューもまた、クレアと共に駅でライルの帰りを待ち続けた。人もまばらになった駅の外で、次の汽車を待つ。
やがて汽笛を鳴らながら、次の汽車が到着した。
いつも通り、大勢の乗客が一気に降りてくる。
クレアは再び目を凝らした。だが、やはり見付からない。乗客がぞろぞろとこちらに向かって歩いてくる。すでに、最後の乗客も降りたようだった。
「明日にしよう。もうじき日も暮れるからね」
今日は見込みがないと判断したアンドリューがクレアに声を掛けた。
名残惜しそうに、クレアは汽車を眺めていたが、
「……そうですね……」
と、馬車を待たせてある方向へ踵を返そうとした時。
視界の端に、たった今、汽車を降りてきた人物の姿をとらえた。