伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ライルが無事に帰宅すると、屋敷内は使用人達の歓喜の声に包まれた。

いつも冷静なローランドでさえ、

「……ご無事で……何よりでございました……!」

と、肩を震わせ、言葉を詰まらせたほどだった。

皆が喜ぶのを見て、クレアも嬉しくなる。

ライルはローランドに労いの言葉を掛けると、ひとまず、自室へと向かった。

「やっぱり我が家はいいね」

上着を脱いで、ソファーに深く腰掛けたライルが感慨深く言った。その横に座るクレアは、ティーポッドのお茶をカップに注ぎながら微笑む。

そんな二人とは対照的に、その向かい側には、不機嫌そうなアンドリューが腕組みをしながら座っている。

「何、のんきなことを言ってるんだ。ライル、お前、一体どこをほっつき歩いてたんだっ!?」

「アンドリュー様、落ち着いて……」

「僕は落ち着いてるよ、クレア。あなたはもう聞いてるのかい? もう夜になるから、話は明日にしようか迷ったけど、やっぱり今、説明してもらわないと。ライル、どれだけの人間が心配してたと思ってるんだ?」

「分かった。ちゃんと話すよ。クレアには馬車の中で話したけど」

ライルはクレアが入れてくれた紅茶のカップに口を付けると、深呼吸した。

「エルテカーシュを出港して数日後、隣国のペジャンに船が寄港したんだ。でも、それはただ物資補給のために寄っただけで、客の乗り降りは無いはずだったんだ」

「……はずだった?」

「ああ。ところが、一緒にいた仲間の体調が急変してね。船の上では充分な治療が出来ないから、ペジャンで俺達だけ降りて、近くの病院に行ったんだ」

そこで、しばらく治療を受けることになった。だが、船は用が済めば予定通り出航しなければならない。仕方なく、自分達の荷物と共に船を降りたのだった。

「そしてその後、セントジュオール号が沈没したと聞いたんだ」

「じゃあ、もしそのまま乗ってたら……」

「間違いなく事故に遭ってたよ」

横にいたクレアがぶるっと身を震わせた。ライルはそんな彼女の手をぎゅっと握る。

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