伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
その夜、クレアはなかなか寝付けなかった。
アンドリューが帰り、ライルとは少し言葉を交わしたが、留守中に溜まった仕事の整理があるから、と彼は書斎に引き上げていった。そのまま疲れて休んでいるのか、夕食時も食堂に降りてこなかった。ローランドによると、後で部屋に夜食を届けさせたという。
……ライル様、ちゃんと召し上がったかしら……。ちゃんと眠ってるかしら……。まさか、まだお仕事してらっしゃらないわよね……?
心配で、ますます頭が冴えてくる。
……様子、見に行くだけなら、いいわよね……?
クレアは起き上がると、ガウンを羽織り、明かりを灯したランプを片手に、そっと部屋を出た。
もう使用人も就寝している時間だ。廊下は静まり返って物音一つしない。
クレアは静かに廊下を進むと、やがてライルの書斎の扉が見えてきた。扉の下の隙間から、わずかに中の明かりが漏れている。
……やっぱり、起きてらっしゃるんだわ。
ノックしたが、返事はない。クレアはもう一度試みたが、結果は同じだった。
そっと扉を開けてみる。大きな執務机とソファーセット、本棚や調度品が置かれているのが見えた。だが、ライルの姿はない。
クレアが中に入って近くの棚にランプを置いた時、ソファーの端に誰かの足が乗っているのが視界に入った。
まさかと思い、そっと近付くと、ライルがソファーの上に、その長身を投げ出すようにして横たわっている。ソファーの背もたれが死角になっていて、入り口からは姿がすぐには確認出来なかったのだ。
その手には書類が握られているのを見て、クレアは少し呆れてしまった。
……こんな時くらい、お仕事のことを置いて、ゆっくりお休みになったらいいのに……。
熟睡してしまっているのだろうか、ライルはクレアが近付いても起きる気配がない。
こんな所に寝ていては風邪をひいてしまう。クレアは何か掛ける物がないか、部屋をぐるりと見渡したが、代用出来る物は見当たらない。隣のライルの寝室から上掛けを取ってこようかとしたが、勝手に男性の寝室に入るのも気が引ける。
とりあえず、クレアは自分のガウンを脱ぎ、そっとライルの体の上に掛けた。