伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約

「いつの間にか寝てしまったみたいだ。書類だけでも、目を通しておきたくてね。明日は、君とゆっくり過ごそうと思っていたから」

「お帰りになったばかりなのに、そんなに急いでやらなくても……私との時間なら、これからたくさんありますから」

「……ああ、そうだね……」

クレアの率直な言葉に、ライルは少し嬉しそうに微笑むと、その華奢な体を抱き寄せた。クレアも、今度は素直にライルの体に寄り添う。

「少し……痩せたみたいだね。それだけ君に心配を掛けたんだね。すまなかった」

「いいえ……こうして無事に帰ってきて下さいましたから……」

「留守の間、とても頑張ってくれたんだね」

「え……？ 私は特に何も……」

「屋敷の中が暗くならないように、頑張ってくれたとローランドから聞いてる。クレアのおかげで自分達も前向きに頑張ることが出来たと、使用人も口を揃えて言っているそうだよ」

「……そう……なんですか……知りませんでした。皆さんがそう思って下さってるなら、私もとても嬉しいです」

クレアは口元に笑みを刻む。

「でも、本当は自分のためでもあったんです……ライル様のいないお屋敷は……やっぱりすごく寂しかったから、それを感じないようにと……」

「俺も寂しかったよ。君のことを考えない日は無かった……」

クレアを抱く腕に、少し力がこもる。

「俺が死んだと見なして、やって来た連中がいたんだろう？ 君は、俺の無事を信じて、そいつらに立ち向かっていったということも聞いたよ。それで、男達は去っていったらしいね」

「いいえ、私の力ではありません。たまたまシルビア様がいらっしゃって、その人達を追い払って下さったんです」

「いや、君の毅然とした態度に、レディ・シルビアも心を打たれたんだろう。だから、助ける気になったんだと思うよ。それから、俺の無事をずっと祈り続けてくれたそうだね。……本当にありがとう」

「ライル様……」

「……それにしても、俺の大事なクレアに、危害を加えようとしたなんて……あいつら、目にもの見せてくれよう」

ライルの声が低くなった。クレアはライルの肩に頭を乗せていたので、彼が今、どれだけ険しい表情をしているか、見ることは出来なかった。