伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
何なの、この人――!

このような場所で、こんな行動に出る人がいるなんて、信じられない。

それとも、自分は正統な令嬢ではないから、こんな風に扱ってもいいと思っているのか。

クレアは振りほどこうとしたが、男の手は腕から離れない。

それどころか、もう一方の手で、強引に顎を掴まれ、グッと上を向かされた。

「近くで見ると、なかなかキレイな顔をしてるじゃないか。これは思ったよりも……」

まるで品定めをされているような眼差しに、クレアは恐怖し、青ざめた。

「は、離してっ!」

「安心しろ。何もここで取って食おうというわけじゃない。ただお互い少し楽しもうと言ってるんだ」

楽しめるわけがない。クレアはキッと男を睨み付けた。

「離して下さい!人を呼びますよ!」

「そんなことをしても、誰も来やしない」

「……!」

そうだ、庭に出ていたのは、自分達だけだった……! 屋敷からも少し離れてしまっている。

悔しい。だけど、ここでこんな男に好きにされてたまるもんですか。

クレアは顎にかかる男の手を、パシッと払いのけた。その勢いで、近くまで迫っていた男の頬にクレアの指先が走った。

「何をするんだ……この小娘……!」

幸い傷は付かなかったが、頬を殴られたと勘違いしたトシャック氏の目が怒りで吊り上がった。

今度はクレアの腰に手を当て、さらに引き寄せようとする。

何とかして逃げ出さなくちゃ……!

と思い、顔をそむけた時。





「おや、こんな所で何をしてるんです?」



良く通る、若い男の声がクレアの耳に届いた。


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