伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「クレア様、旦那様がいらっしゃいました。クレア様とお話をされたいとのことですが……」
その日の夜。寝間着に着替え、これから就寝しようとしたクレアに、ジュディが告げた。いつもならまだ起きている時間だが、いろいろ疲れて、もう寝てしまいたかったのだ。
「いかがいたしましょう?」
クレアの肩がビクリと跳ね上がったが、
「もう寝たと、伝えて……!」
そのままベッドに潜り込んだ。
……話って……? 叔父様と話していたこと……?
ちゃんと向き合わないのは自分が弱いせいだということは分かっている。だが、今はショックで問いただすことはおろか、まともに顔も見れない心境だった。決して、中途半端な気持ちで彼に抱かれたのではない。だからこそ、もしかしたら自分は弄ばれただけなのかもしれない、と思うと、心が真っ赤な血を流しそうなほど、痛かった。
それに、レディ・シルビアの孫娘がどんな女性かは知らないが、家柄も血筋も、あちらの方が格段上だ。到底、自分が太刀打ち出来る相手ではないのだ。
クレアは上掛けを頭から被り、じっとしてると、寝室のドアが開いて、誰かが入ってきた。ジュディの靴音ではない。やがて、ベッドの傍らに誰か立つのが分かった。
「クレア、大丈夫かい……?」
ライルの静かな声が聞こえてきた。彼はこの家の主人だ。メイドであるジュディは、ライルの入室を拒むことが出来なかったのだろう。どうやらここには、ライルとクレアの二人きりのようだ。
「昼食も食べてないし、夕食時も食堂に下りて来なかったね。やっぱり昨夜、無理をさせたんじゃないかと思ってね……」
気遣うような優しい口調に、クレアは胸が締め付けられて、泣きそうになった。
……表面だけ優しくしないで……! そんなつもり、ないくせに……!
叫びそうになるのを、グッとこらえる。
「大事な話があったんだけど、また明日にするよ」
ライルはそれだけ言うと、寝室を出ていった。
……大事な話……。やっぱり、別れ話なのね……。
クレアはベッドに突っ伏したまま、声を圧し殺して泣いた。