伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「あなたと初めて会った冬の日、覚えてるかしら」

「ええ、もちろんです」

「あの日ね、実はアイリーンのお墓を見舞った帰りだったの」

あっ、とクレアは思い出した。あの日、シルビアは黒っぽい服装をしていて、喪服のようだと思ったことを。

「馬車の中で急に気分が悪くなってね、少し外の空気を吸いたいと思って馬車を降りたんだけど……急に発作が起こって、ああ、もうここで倒れてしまうかもしれない、って思ったわ。でも、不思議と怖くはなかった。これで、アイリーンの所に行けるなら、って……。その時、あなたに助けられたの」

シルビアはクレアの方に視線を戻した。

「いつもは、私の周りには計算高い人間しか寄ってこないのに、あなたは、どこの誰とも知れない私を親切に介抱してくれた。私はそれがすごく嬉しかったのよ」

「……いえ、それは、当然のことですから」

クレアが恐縮して言うと、シルビアはクレアの手をそっと握った。

「あなたがアイリーンの姿に重なって見えてね、おばあ様、頑張って、ってアイリーンに言われてる気がして……ああ、こんな所で死ねない、もう少し頑張ってみよう、って思えたのよ」

あの時、シルビアは、クレアのお陰で元気になれた、と言っていた。それは、単に介抱してくれたから、ということだけではなく、心も勇気付けられたという意味だったのだと、クレアは初めて理解した。

「私はすっかりあなたを気に入ってしまってね、一方的に孫娘の生まれ変わりみたいに思っていて……それで、つい、親しい間柄の人達に、あなたのことを孫娘だと……。それが、今回のことに繋がるとは思っていなかったの。本当にごめんなさいね」

「い、いいえ、そんな、私が勝手に勘違いしたことですから、シルビア様のせいではありませんので、お気になさらないで下さい……!」

一生懸命に伝えようとするクレアに、シルビアは微笑みかける。

「ゆっくり休んで、早く元気になってちょうだい。では、私はそろそろ失礼するわね。あまりあなたを独り占めすると、あの坊やが嫉妬してしまうから」

シルビアがいたずらっ子のように笑う。坊や、というのはライルのことで、シルビアから見れば、ライルはまだまだそういう存在なのかもしれない、と思うと、クレアは何だか可笑しかった。


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