伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「お夕食をお持ちしました。他の皆様はもうお済ませになりました」

メイドはそう言うと、運んできた食事をテーブルに並べていく。

「ありがとう……ございます」

と言ったクレアに、メイドは一礼すると、部屋を出ていった。

この家のメイドは実に事務的だ。クレアとは必要以上に話さないし、関わろうとしない。

クレアのことを気に入らない義母――アディンセル伯爵夫人の言い付けだということは容易に想像出来る。今、この家を取り仕切っているのは、事実上、彼女だ。

家族は食事を済ませた、とメイドは言っていたけど、多分、嘘だ。義母はクレアとテーブルを共にすることも嫌に違いない。

でも、実際のところ、クレアは気にしていなかった。彼女だって、義母の不機嫌な顔を見ながら食事をするくらいなら、一人の方が断然良いに決まってる。

クレアはテーブルにつくと、少し冷めかかった食事を口に運んだ。使われている食材は庶民のものよりも良質なのに、あまり美味しいと感じない。

お母さんが生きている時は、パン一つとスープだけでも、すごく美味しかったな……。お母さんの笑顔だけで、部屋もとても暖かかったのに……。

思い出しかけて、鼻の奥がツンなる。

あふれ出そうになる涙をこらえて、クレアは急いで食事を喉に流し込んだ。




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