伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約


十八年前、クレアは王都で紅茶店を営む母のもとに生まれた。

物心付いた時から、父の姿は無かったが、それでも優しい母と二人、楽しく暮らしていた。

ずっと、このささやかな幸せが続くと思っていた。

ところが、彼女が十七歳の時、最愛の母が病気でこの世を去った。

彼女に残されたのは、母の思い出と、母の形見でもある小さな店のみ。

悲しみがすぐに消えることはなかったが、これから自分がこの店を守っていくのだと、ささやかな葬儀から一ヶ月後、そう心に決め、自らを奮い立たせて、店を再開し始めたある日。



彼女のもとに、アディンセル伯爵から依頼を受けたという弁護士が訪ねてきた。

「あなたは、アディンセル伯爵様のご令嬢でいらっしゃいます」

その弁護士によって、クレアは自分の出生を知ることとなった。



クレアの母は若い頃、アディンセル伯爵と恋に落ち、クレアを身ごもった。

伯爵はクレアの母を正妻として迎えようとしたが、庶民出身の娘との結婚に、親族をはじめ周囲が猛反対。

そのうち、それを理由に伯爵を当主の座から外そうと画策する者まで現れ、彼の行く末を案じたクレアの母は、自ら身を引くことを決意。そして、伯爵に別れを告げ、一人でクレアを生んだ。

伯爵はせめて子供に会いたい、と願ったというが、迷惑がかかることを気にして、母は面会を拒否し続けたという。

その後、伯爵は、ずっと前から親が決めていた許嫁、すなわち貴族の令嬢と結婚し、一男一女を授かった。

そうして、クレアは父の存在を知らされずに育ったのだった。

「伯爵は、あなたにお会いしたいと強く願われています。そして、あなたを正式に娘として、引き取りたいともおっしゃっています」




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