伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「あのっ……」

クレアは再びライルに向かって口を開こうとしたが、大丈夫だよ、と言わんばかりに無言で翠緑の瞳に微笑み返され、抗議しようとした心はあっけなくしぼみ、代わりに頬を赤らめた。

……その笑顔、殺人的だわ……。

ずっと見つめられていたら、おそらく心臓が止まる。クレアはサッと目をそらした。

そんな二人の姿が、仲睦まじく見えたのか、夫人は苦々しく唇を噛んだ。

夫人は、以前からヴィヴィアンの結婚相手の候補の一人としてライルを、と考えていた。

だが、彼は時々社交界に顔を出すものの、それはあくまで貴族間の付き合いとしてであり、常に女性の視線を集めているが、さほど浮いた話も無く、今は仕事に忙しく色恋沙汰には興味がない、と噂されていたので、こちらも少し悠長に構えていたのだ。

その間に、ヴィヴィアンをどこに出しても恥ずかしくない、むしろライルが惚れ込むようなレディに育て上げよう、と熱心に娘に貴族教育を施していたというのに。

誤算だった。気長に待っている間に、こんなみすぼらしい娘に持っていかれるはめになるとは……!

だが、すぐに夫人は考えをめぐらせた。

多額の資金が手に入れば当分、生活に困ることはない。ヴィヴィアンの結婚支度金に回すことも出来る。

なにも、婿候補はライル一人だけではないのだ。もっと上の相手を見付けて、見返してやれば良いだけのことだ。その時は、ライルはきっとこんな娘と結婚したことを後悔しているだろうが、そんなことは知ったことではない。

夫人は、すかさず作り笑いを顔面に浮かべた。


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