伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「ええ。こんなふつつかな娘にはもったいないほど、ありがたいお話ですわ。慎んでお受け致します。主人もきっと、喜びますわ」

夫人は、援助資金のことは棚に上げ、あくまでクレアへの申し出として、答えた。

「ありがとうございます」

ライルが再び手を胸に当て、礼の姿勢を取る。

「もう一つ、お願いがあるのですが」

「ええ、何でしょう」と、夫人は上機嫌だ。

「クレアとこの店には絶対に手出しをしない、と約束して頂けますか?」

「ホホホ……あら、まぁ、嫌ですわ、手出しだなんて、物騒な……」

「約束して頂けますね?」

ライルは念を押すように、同じ言葉を繰り返した。

それまでの彼の周りの空気が一変し、ピンと張りつめたのを感じて、夫人の笑顔が凍り付く。

応対はどこまでも紳士的で、物腰は柔らかなのに、ふとした瞬間に相手を圧倒し、萎縮させるような力を、この青年は内に秘めている。それがわざとなのか、それとも自然に出るのかは分からないが。

事実、今、話の主導権を握っているのは彼だ。

「……え、ええ……お約束、致します、わ……」

夫人は上手く舌が回らないのか、ゆっくり言葉を切りながら答えた。

それを聞いて、ライルはにっこり笑う。

「ありがとうございます。あとは、クレアと少し話をしてもよろしいでしょうか?」

「……あ、ああ、そうですわね、これはこれは気付きませんで……では、失礼致しますわね」

ホホホ……、と取って付けたように笑い、これ以上この若者の空気に流されたくない夫人は、足早に店を出て行った。


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