伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
夫人の姿が消え、クレアはホッと胸を撫で下ろした。

とりあえず、一時的な回避としては成功したようだ。

だけど……と、横に立っているライルを見上げる。

「あの、ありがとうございました……。それと、嘘をついて、巻き込んでしまって、申し訳ありません!」

クレアは頭を下げた。

「……」

ライルからの返答はない。沈黙が辛い。

さすがに、怒ってるよね……私なんかの婚約者だなんて……。

すると、

「あのご夫人をこの話から引かせるためとはいえ、君の気持ちも考えず、金を引き合いに出して悪かった。発言の責任は俺にある。君に背負わせるつもりはないから安心して。それに、恋人を助けるのは、男として当然のことだからね」

思ったより穏やかな、いや、さっきと変わらない優しい声が上から降ってきた。

恋人、という言葉が一瞬、甘く心に響いたが、クレアはブンブンと頭を横に振った。

「ですけど、それはフリなだけで……」


「君は今日から俺の婚約者だ」


クレアの言葉を遮るように、やや強い口調でライルが言った。

……はい?

クレアは驚いて顔を上げる。澄んだ緑色の瞳が、じっとこちらを見つめている。

「俺も一度帰って、準備に取り掛かるよ。君のお父上にもお許しを頂かないといけないからね」

「えっ……」

彼の発言に耳を疑う。ライルは突然何を言い出したのだろう。クレアの思考は上手く追い付かない。


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